はじめまして

カール・マルクス(1818~1883)の哲学とは「労働の主体としての人間の解放と人間性の尊重」です。ガリアの鶏鳴とはフランス二月革命を言います。マルクス哲学は人類の危機に瀕して革命を辞さず。しかし、その根底にある問題意識は現代日本で全くの無関心でいられるものでしょうか。

自分にとってより良い雇用環境を目指し転職をする際、労働者は企業を探します。これを、経済学は「労働市場に入場する」と言います。人間が労働力の売手であり、企業が買手です。ここで、労働者が人間らしい働き方を実現するために必要なものはなんでしょう。資本主義国であり自由主義国である日本は、ブラック企業問題を問題意識とし、過酷な労働環境で労働者を疲弊させるブラック企業がその実態を隠蔽して労働市場で労働力を買う、情報の非対称性を課題とします。ブラック企業は働かせるだけ働かせて、精神疾患を含む病気、怪我、死亡などの目に遭わせることも辞さず、労働者の労働生産性を傷つけて、再度労働市場に送り返すのです。そしてまた実態を隠して労働市場で労働者を買うのです。

この有様を今や自由民主党は社会正義から糾弾します。

昭和の高度経済成長期であれば、冷戦時代にアメリカの安全保障上の傘下であったこともあり、約束された経済成長のもと、長時間労働で市場の競争に勝つことを目指し、企業は利潤を追求し、それが国際競争力となりました。長時間労働と利潤追求の結果MADE IN JAPANが世界一の座にあることが社会正義でした。しかし冷戦構造が崩壊し、中国が台頭すると、日本は低成長の時代に入ります。これが平成不況です。政府は様々な試行錯誤をし、失敗と工夫を重ねながら、長時間労働と利潤追求の考え方を段階的に捨て、企業は人間の営みの公器だという新しい社会正義を説きつつあります。

共産主義はこの考え方に次の論点から対抗します。

労働市場にいる労働者が、ある資本家のホワイト企業で働くことで、労働生産性の向上した労働者となり、再度労働市場に入場する。この商品化された労働者の付加価値こそ、企業の社会公器としての役割だとすると、労働生産性の高い者と低い者の間で優先劣後が発生することは避けられません。そして労働生産性の高い優秀な労働者が貨幣的価値を多く受け取り、豊かな生活をするのです。労働市場というメカニズムそのものが絶えず不平等を生みながら政治による修正を必要とする動体なのです。そして、社会の共通の関心事が貨幣的価値に隷属していることの表れなのです。

安定と平等のためには貨幣的価値に隷属しない社会が必要なのです。労働者が、国民生活の基礎的な豊かさを享受しながら、労働の意義を、芸術や科学に付着する文化的価値の充実、そこからくる国民生活水準の漸進的向上に見出すことで、社会は、労働の主体としての人間の解放と人間性の尊重を実現するのです。

共産主義ドットコム

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